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゜。TWR Column 。゜-第4回-                       都市環境が人々の健康行動を規定する~「運ばれるだけ」のまちから「ついでの歩行」を創造するまちへ

  • 18 時間前
  • 読了時間: 7分

「歩かないこと」を前提とした都市構造を見直す


「健康は個人の責任だ」としばしば言われます。しかし、人々の健康行動は実は、社会環境によって規定されます。とくに、歩くという最も基本的な身体活動は、都市のデザインや交通インフラ、商業空間のあり方などと密接に関係しています。私たちが毎日どれだけ歩くか、どこで、なぜ歩くのかは、個人の意思というより、むしろ「都市が私たちに許容している動線」によって規定されているのです。



高齢化が進むわが国において、健康寿命の延伸や介護予防、生活習慣病等の抑制、社会参加の促進といった多面的な政策効果をもたらすものとして期待されているのが、歩くという身体活動が自然にビルドインされた生活様式の推進です。にもかかわらず、多くの都市では、車社会から脱却できず、「歩かないこと」を前提とした構造が維持されています。


そこで本稿では、歩行と都市環境の関係をデータと実践に基づいて再考し、健康政策の一環として、健幸まちづくりを再構築する必要性について論じます。



歩ける都市であるか否かが国家財政にも影響を与える


東京、大阪、愛知の三都市について、自動車の保有状況と糖尿病の有病率で比較した示唆に富んだ研究結果があります。


自動車を主な移動手段とする人の割合を見ると、東京は約35%、大阪は約43%、愛知は実に74%にも上っている一方、糖尿病の有病率はと言うと、東京が最も低く、愛知が最も高い、という逆相関の傾向が確認されています(図1)。この貴重な研究データは、「歩くこと」が健康行動の出発点であること、そしてその歩行習慣が都市の設計次第で容易に困難になってしまう、ということを示唆しています。

<図1 東京・大阪・愛知の自家用車保有率と糖尿病患者外来数の関係>


一方、私たち筑波大学が実施した研究では、1日あたりの歩数が1,000歩増えるごとに一人当たりの年間医療費が約6,000円下がる、という因果関係を確認しました(表1)

つまり、歩ける都市であるか否かが国家財政にも影響を与える、ということです。


<表1 歩数の増加が医療費に与える影響>

(出展:国土交通省「まちづくりにおける健康増進効果を把握するたまの歩行量(歩数)調査のガイドライン」より)



人は目的地に最短距離で「運ばれるだけの存在」で良いのか!?


東京の人々は健康のために歩いているかと言うと、必ずしもそうではありません。東京を訪れた人ならわかると思いますが、都内は電車やバスなどの交通網が発達しており、駅まで歩く、乗り換えで歩く、商業施設まで歩く、子どもの送迎で歩くといった具合に、日常の中にある「ついでの歩行」が、本人の意思と関係なく、そこかしこで求められます。これこそが、行動変容の核心です。そして、この「ついでの歩行」を都市が提供しているという構造が糖尿病有病率の低さのポイントとなっています。

都市のインフラ設計が自動車中心であれば、歩行空間は切り取られ、人々は目的地に最短距離で「運ばれるだけの存在」になってしまいます。一方で、公共交通機関を中心としたスマート&コンパクトな都市設計がなされていれば、乗り換えや接続の過程で必ず「歩くこと」が発生します。それが無理のない身体活動の機会となります。

つまり、健康的な都市とは「意識せずとも体を動かす仕掛けに満ちた都市」なのです。



歩行を拒むまち=健康的な生活を阻害するまち


以前に新潟県三条市の中心市街地を訪れたとき、平日のお昼前であったにもかかわらず、人通りのないアーケード街を目の当たりにしました(写真1)。シャッターが閉ざされた商店群、ほぼ乗客のないバスなど交通機関が通過するだけの道路…。その光景からは、地域経済の衰退と「人々の健康環境の喪失」という深いメッセージが読み取れました。


<写真1 健康的な生活を阻害する「歩行を阻害するまち」>

つまり、その都市空間では、人々が「歩く理由」も「歩く目的」も見失われていたのです。まちは、単なる経済の場ではありません。様々な人々が交わり、身体を使い、社会と接続される空間であるべきです。まちが歩行者を拒んでいるという状態は、すなわち「健康的な生活を阻害している」ことにほかなりません。


50年かけて育てた「歩ける都市」ドイツ・フライブルク市


これとは対照的に、ドイツ・フライブルク市では1970年代から、中心市街地に自動車を入れない政策を実施し、公共交通と歩行を中心とした都市への転換をはかってきました(写真2)。その結果、商店街を中心とした地域経済は活性化し、その通りに面した商店の売上げは、施策実施前の3倍近くにまで達したと報告されています。


<写真2 中心市街地に自動車を入れない都市への転換をはかったフライブルグ市>

この事例のエッセンスは、「クルマを締め出すこと」が反経済的であるというよりも、むしろ「健康と経済を両立させる都市構造」をつくる賢明な選択肢になり得るという点です。WHOが所得や孤立(社会的排除)、交通といった経済的、社会的、環境的な要因を盛り込んだ「健康の社会的決定要因」を提唱しているように、健康政策は医療だけでは実現できません。健幸をもたらすまちをつくり、社会経済的環境を改善することによって、はじめて人々の行動は自然に変わっていくのです。


生活圏全体を「健幸環境」として再設計する条件――縦割りの打破


一方で、歩行を促すまちづくりを健幸政策として位置づけるには、行政の縦割り構造を超えた分野間連携の発想に大転換することが不可欠です。健康・福祉だけでなく、都市整備、交通、教育、地域振興といった様々な分野間に横断的な連携がなされなければ、構造的課題は解決しません。

私たちは、こうした分野横断の健幸都市モデルを自治体で実装する際、必ず「庁内連携チーム」を立ち上げることを推奨しています。ICTやAIを活用したヘルスデータの分析すなわち政策評価とともに、歩きたくなる歩道の整備、人々が集える公共施設とそこをつなぐ公共交通等の充実、商店街の活性化、空き家の再利用などをはじめ、生活圏全体を「健幸環境」として再設計することが必須であるからです。


すべての人に開かれた「歩ける都市」づくりを担うのは「私たち」


「歩くこと」は、単なる移動手段ではありません。それは、健幸を支える日常であり、社会との接点であり、精神的ウェルビーイングを育む行為でもあります。人は、歩きながら考え、風景を感じ、誰かとすれ違い、言葉を交わし、人生の速度を取り戻すのです。


だからこそ歩行空間は、すべての人々に開かれているべきです。高齢者だけでなく、子育て世代、働き盛り世代、障害のある人々などにとって、欠かせない健幸インフラです。その意味で、「歩ける都市」は社会的包摂の証と言えます。歩くことが日常になれば、運動するための時間をわざわざ捻出する必要もなくなります。そして、地域全体が自然と健幸を育む場へと昇華することになるはずです。

まちが変わることで人は変わる、人が変わることで社会も変わる。この連鎖をまちづくりの中に織り込むことができるのが、健幸政策に携わる私たちなのです。


参考文献:

・ 久野譜也(2024)「健康政策におけるデータ活用」セミナー講演録    https://www.youtube.com/watch?v=sfaq7el285A

・ フライブルク市(2020)「環境都市と交通政策の50年」フライブルクの都市政策に関する一次情報(都市交通施策の背景などに関する内容)

・国土交通省「まちづくりにおける健康増進効果を把握するたまの歩行量(歩数)調査のガイドライン」

・スマートウエルネスシティ首長研究会



久野 譜也 wikipedia https://x.gd/yFXl3

筑波大学大学院人間総合科学学術院 教授

筑波大学スマートウエルネスシティ政策開発研究センター センター長内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム) プログラムディレクタースマートウエルネスシティ首長研究会 事務局長・幹事

株式会社つくばウエルネスリサーチ 代表取締役社長

筑波大学および同大学院でスポーツ生理学、スポーツ医学などを学ぶ。体育学修士、医学博士を取得。

その後、東京大学教養学部保健体育科助手、東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系助手、筑波大学先端学際領域研究センター講師、カリフォルニア大学Davis医学部客員研究員などを経て、筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ医学専攻助教授、同教授(2020年より筑波大学人間総合科学学術院に名称変更)。

この間に産官学連携で健康に関する社会課題を解決するため、筑波大学発ベンチャー株式会社つくばウエルネスリサーチを起業。代表取締役社長を兼任。

高齢者の健康寿命延伸を目的とした運動プログラムの開発に取り組み、その後、「スマート・ウエルネス・シティ(SWC)」の概念を提唱し、自治体とともに健幸まちづくりの社会実装を推進する。 また、スポーツ庁や厚生労働省等の委員を務めるとともに、経済産業省、国土交通者、内閣府など中央官庁の研究事業等を受託し、政策立案にも関与。


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