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健幸ポイント誕生物語 健康無関心層へのアプローチとインセンティブの有効性

  • 執筆者の写真: つくばウエルネスリサーチ
    つくばウエルネスリサーチ
  • 2 日前
  • 読了時間: 8分

更新日:12 時間前

「健康無関心層」を想定した政策を


健康づくり政策は現在、多くの自治体で展開されています。しかし、その対象は、往々にして「すでに健康意識の高い人たち」に限られがちです。自治体担当者との対話の中でも「事業に参加するのはいつも同じ顔ぶれ」との声をよく耳にします。



本当に健康支援が必要な人たちは、どこにいるのでしょうか。そもそも、そうした人たちは健康情報を受け取り、選択肢として健康に資する事業への参加を考えることができているのでしょうか。


健康政策は本来、多くの自治体担当者が実感しているように、そして健康領域の多くの研究者が指摘しているように、健康意識の高い人ばかりではなく、現時点では健康上とくに支障はないものの、潜在的な課題を無自覚の中で抱えていたり、健康支援が届きにくかったりする人々、すなわち「健康無関心層」に配慮した設計が求められます。


本稿では、私たちの研究と実践をもとに、健康無関心層へのアプローチ方法と、効果的な動機づけ(インセンティブ)施策の可能性を論じます。


データが示す「ダブル無関心層」


筑波大学が2010年に実施した約2,000人を対象とした大規模調査では、生活習慣病予防に必要な運動量を満たしていない人が全体の7割弱に達していることが明らかになりました。さらに、その未達成群に「今後、運動を実施する意思がありますか?」と問うと、およそ7割もの人々が「今後も運動をするつもりはない」と回答したのです(表1)


この層をさらに分析したところ、彼らの多くは「健康情報を日常的に収集していない」という特徴を持っていました。つまり、健康に無関心であるばかりでなく、健康情報にもアクセスしていなかったのです。これが「ダブル無関心層」の実態です。

私たちは、ここに従来の健康政策の盲点があると確信しました。


<表1 健康無関心層の割合>


健康政策の「前提」を再考する


従来の健康政策は、「人は健康の大切さを理解しているものの、健康行動に移せない」という前提で設計されています。しかし、上記の調査結果が示したのは、そもそも健康の大切さを「理解していない」「興味も持っていない」という、さらに深い無関心層の存在であり、しかもそれが7割にも達する、という現実でした。


この発見は、私たちの実践に大きな転換をもたらしました。健康無関心層は、無関心であるが故にいくら啓発チラシを配っても、自治体ホームページ等で情報発信をしても、それらに目を向けることはありません。そのため、「理解してもらうこと」を目標にする前に、まずは「気づいてもらう」「知る機会を持ってもらう」ことをより重要な目標とすべきと改めて認識したのでした。


鍵は口コミ戦略 情報が届く仕組み


そこで、新潟県見附市において実証実験を行い、参加促進のためのチラシの全戸配布と市の公式ホームページによる周知に加え、「口コミ戦略」を明確に位置づけて導入しました。そのきっかけは、広報紙によって参加者を募ったにもかかわらず、その対象者の76%が「事業の存在を知らなかった」という回答が得られ、あまり有効な手段ではないと感じられたことでした。(図2)


<図2 事業への参加動機「口コミ」が42.3%>


これを受けて翌年からは、「地域のつながり」を活かし、参加者が他者に情報を伝える「自然な拡散」を促す口コミの仕組みを構築しました。具体的には、地域の健康リーダーを育成し、彼らを介した健康無関心層と間接的につながるチャネルを形成したのです。


その結果、募集定員200名に対し、5倍にあたる1,000名超が応募しました。そして事後調査を実施したところ、参加の動機として「口コミ」を挙げた人が最多の43.2%に上っていたことがわかったのです


この結果は、「情報が届くことで初めて選択肢が生まれる」という事実を示しています。すなわち、自治体からの一方的な情報発信だけでなく、生活圏内における信頼できる人からの自然に伝わる“日常言語”が重要な鍵である、という点に気づかされたのです。



報酬という動機づけは悪か? インセンティブの真の機能


健康政策におけるインセンティブ(報酬)が国内外で注目されていますが、自治体担当者の中には報酬と聞くと、否定的な印象を持たれる方もいます。「金銭で釣るような政策は本質的ではない」といった批判がその典型でしょう。


しかし、健康無関心層にとって、最初の一歩を踏み出すきっかけとして「報酬」が一定の機能を果たすことは、実証的に確認されているのです(図3) 図3 インセンティブの効果


見附市では、3ヶ月間の健康プログラムへの参加に対し、最大5,000円相当の商品券を提供する実証実験を行いました。このようなインセンティブは実は、「報酬」というよりも、「行動のきっかけとなる小さな背中押し」として機能し、実際のところ、これを通じてプログラムへの参加が促進されたのでした。重要なポイントは、「報酬を目的とした継続」ではなく、「報酬を超えた内発的動機への転換」が起きる仕組みを設計することと説明できるでしょう。


私たちの研究では、インセンティブとは、「動機を外部から与えるもの」であると同時に、「自己効力感を高める触媒」として機能していたことがわかっています。すなわち一度、事業に参加して何かしらの達成感や社会的つながりを感じることにより、次の行動への自発性が生まれていた、というわけです。



“巻き込む”から“支え合う”へ ─なぜ続けられるのか?


「一度、参加してもらうこと」と「継続的な関与を促すこと」は、別問題です。健康無関心層へのアプローチの本質は、「単発のイベント参加への動機づくり」ではなく、「継続的な関係づくり」の始まりです。


「継続的な関係づくり」のヒントは例えば、初回参加後のアンケートを通じて、参加者の不安や動機を把握し、それをもとにフォローアップの取り組みを設計することや、仲間同士のつながりを育むグループ活動や少人数での対話の場を設けることなどが挙げられます。このような「関係性のデザインづくり」が、健康無関心層を“巻き込む”から“支え合う”へと転換するきっかけとなります。


また、これらの動きは、政策評価の結果データにも表れています。参加継続率、健康指標の改善、そして医療費の抑制…これらの指標をもって、政策の説得力が高まるのです(図3参照)。このことからも、PDCAサイクルを回すことがいかに重要かが理解いただけるでしょう。


健幸無関心層を包摂する健康社会へ


健康政策においては、健康格差を縮小し、すべての人に健やかな生活の機会を保障するために「来ない人にどう届けるか」に焦点を当てるべきです。そのためには、従来の健康情報の提供手法や、健康教室のような参加型事業の抜本的な見直し、さらには参加を阻害する心理的・社会的障壁を越える「仕掛け」が不可欠です。



ここで触れた口コミ、インセンティブ、ソーシャルネットワーク、さらにはAIの活用など、手段は多様であって構いません。しかし、決して忘れてはならないことは、「健康に無関心であることを責めず、“関わりシロ”をつくる」という温かな視点です。


言うまでもありませんが、健康は個人の責任であると同時に、社会の構造の反映でもあります。健康政策に関わる私たち研究者・実践者にできることは、見えていない人たちの声に耳を傾け、必要な情報が届いていない人たちの暮らしに「選択肢」と「希望」を届けることでしょう。その一歩が健康社会の礎となる、と私は信じています。


ご興味のある方は、健康無関心層対策に関する資料等を送信させていただきます。

こちらより、お気軽にご連絡ください。



参考文献

  • 久野譜也(2022)「健康政策におけるデータ活用」セミナー講演録(内閣官房デジタル田園都市国家構想)https://www.youtube.com/watch?v=sfaq7el285A

  • 見附市役所(2023)「健康都市みつけの挑戦」

  • 厚生労働省(2023)「国民の健康増進に関する取組に関する調査報告書」

  • 健幸アンバサダー 健幸無関心層対策プロジェクト https://www.ambassador.or.jp/



久野 譜也 wikipedia https://x.gd/yFXl3

筑波大学大学院人間総合科学学術院 教授

筑波大学スマートウエルネスシティ政策開発研究センター センター長内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム) プログラムディレクタースマートウエルネスシティ首長研究会 事務局長・幹事

株式会社つくばウエルネスリサーチ 代表取締役社長

筑波大学および同大学院でスポーツ生理学、スポーツ医学などを学ぶ。体育学修士、医学博士を取得。

その後、東京大学教養学部保健体育科助手、東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系助手、筑波大学先端学際領域研究センター講師、カリフォルニア大学Davis医学部客員研究員などを経て、筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ医学専攻助教授、同教授(2020年より筑波大学人間総合科学学術院に名称変更)。

この間に産官学連携で健康に関する社会課題を解決するため、筑波大学発ベンチャー株式会社つくばウエルネスリサーチを起業。代表取締役社長を兼任。

高齢者の健康寿命延伸を目的とした運動プログラムの開発に取り組み、その後、「スマート・ウエルネス・シティ(SWC)」の概念を提唱し、自治体とともに健幸まちづくりの社会実装を推進する。 また、スポーツ庁や厚生労働省等の委員を務めるとともに、経済産業省、国土交通者、内閣府など中央官庁の研究事業等を受託し、政策立案にも関与。


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